2000年9月4日(月)

 昨夜、たくさんの人たちでにぎわっていたホテルのレストランで朝食をとる。バイキングだが、品数は少なく、それに、あまりおいしくない。
 8時30分に集合してホテルを出る。すでにマイクロバスがむかえに来ている。今日は、終日、市内観光の予定だ。夕方まで、いろいろな観光名所をサリーさんの案内で回る予定だ。

■オーキッド・ガーデンの「おしどり松」

 車の中では、サリーさんが、あいかわらずたどたどしい日本語で、絶え間なくしゃべり続けていた。しかし、残念なことに、彼女の話の7割程度しか理解できず、シンガポールの国内事情や、日常の生活、さらには、自分の家族のことまで、彼女は、詳しく話してくれているのだが、ところどころ意味があやしくなる。ただし、その熱心さだけは伝わってきた。サリーさんには、2歳の子どもがいて、親に預けて育ててもらっているそうだ。たぶん、年中、忙しく働いていて子育てどころではないのだろう。私たちが到着した日も、午前中は、別のグループを案内していて、無事、日本へ見送ったという。
 そんな話を聞いているうち、「オーキッド・ガーデン」に到着する。日本語で言えば、「国立植物園」といったところか。園内では、あらゆる熱帯植物を育成しているという。日本の中曽根前首相が、シンガポールに来た際、記念に植樹した木も、入り口の近くにあった。
 背の高い熱帯樹が茂っている園内を歩いていると、突然のスコールに見舞われる。園の中央に屋根付きの舞台があって、そこに急いで駆け込んだ。しばらく雨宿りをしていても、いっこうに雨はやむ気配がなく、むしろしだいに強くなっていき、まさにバケツをひっくり返したような土砂降りとなる。
 舞台を取り囲むように池があって、よく見ると、そこに黒鳥とおしどりが浮いていた。妻は、黒鳥を写真におさめようとした。カメラの方にむいてほしいのだが、なかなか相手が言うことを聞いてくれない。一方、2匹のおしどりは、土砂降りの雨の中でも、寄り添いながら気持ちよさそうに水の上を移動していた。まさに、「おしどり夫婦」という言葉がぴったりだ。
 少したつと、雨も小降りとなり、入園するときに借りてきた傘をさしながら園内を回る。途中、寄り添うように生えている松に似た木があって、これも「おしどり松」だと言って、みんなで笑いあう。

■「ミニマーライオン」のほうが人気がある?

 植物園をあとにして、シンガポールの観光名所「マーライオン」へと移動する。
 日本では、「世界三大がっかり名所」の一つという不名誉な評価を得ているようだが、「ライオン」と言うには、いささか迫力がないその姿は、「がっかり」と言われてみると、なるほどそうかなと思えないでもない。いつもは、半開きの口から水を噴き出しているが、今日は噴き出していなかった。マーライオンの後ろに回ると、3メートルほどの「ミニマーライオン」があって、こちらは勢いよく水を噴き出していた。
 観光客なのか、地元の人たちなのか、若者がたくさんいて、かわるがわる「ミニマーライオン」をバックにして写真を撮っていた。私たちも、それにならって記念写真を撮る。「ミニ」のほうがずっと人気があるようだ。近くの小さなみやげもの店で、母は妻とおそろいで着ようとシンガポール柄のポロシャツを2枚買った。
 ふたたびバスに乗り、宝石工場へとむかう。工場には直売店も付いていて、しかし、「パルマーハウス」というその店は、私にとっては、ひたすらつまらない場所でしかない。母は、おみやげ用にと言って2千円の真珠のネックレスを4つも買い込んだ。私は、そそくさとバスに戻って休憩していた。
 12時近くになると、雨は完全にやみ、曇り空となった。マウント・フェーバーというシンガポールで2番目に高い山、と言ってもわずか標高116メートルの頂上にのぼり、明日行くことになっているセントーサ島をながめる。はるかかなたにセントーサ島の象徴「マーライオンタワー」がかすんで見えていた。
 その後、皮革工場、シルク工場と、工場見学が続く、すべてが直売店付きで、そして、私にとっては、すべてがつまらない。父は、意外と買い物好きなのか、シルク工場の直売店では、あやうく4万5千円のジャケットを買わされそうになり、というか、本人が買う気になってしまい、母と妻があわてて押しとどめるという一幕もあった。どうやら、父は、何か一品、記念になるものをほしかったらしい。

■旅行社の「直売店」見学の押しつけにがっかり

 昼の1時を回っているというのに、昼食も食べさせずに「工場見学」ばかりさせられ、それに腹が減っていることが加わり、みんなひどく機嫌が悪くなっていった。
 シルク工場のあと、ようやく中心街へともどって、飲茶料理のレストランへ到着する。出てくる料理は、シュウマイ、肉まん、揚げ餃子、春巻きなどで、昨日の「海鮮レストラン」のひどい料理とは違って、みんな「おいしい、おいしい」と言って食べる。
 ビールと紹興酒が効いて、父は、緊張が解けてきたのか、「きのうのメシはまずかったでぇ」とあからさまに言うなど、とても饒舌になっていた。母も、それをフォローするように口が動く。山田さん夫妻も、にぎやかだ。ただし、お二人は、アルコールはいっさい飲まない。
 1時間ほどで飲茶の店を出た。店内にいたときは、雷鳴が聞こえ、ふたたびスコールとなる大荒れの天気だったが、出る頃には小雨になっていた。
 バスに乗って、私たち4人は、オーチャードロードの「高島屋」の前で降ろしてもらった。ここから先は、自由行動となる。しかし、旅行案内のパンフレットでは、「終日行動」との予定が入っていたはずだ。ところが、サリーさんは、午前中に大急ぎで市内観光をすべて終え、午後を勝手に自由行動にしてしまったらしい。
 しかも、詰め込んだ日程の中で、旅行社と契約している「直売店」を3軒もハシゴさせるとはどういうことだ、と私は少し腹が立っていた。同行の山田さんの奥さんも、「今日はタダのところしかないなぁ」とズバリ。公園やら山やら工場見学やらで、旅行社はちっとも金をかけていないと言いたいのだ。

■正装ででかけた「アルカフ・マンション」でのディナー

 午後からのオーチャードロードの自由行動も、結局、母の足が痛み出し、早々とホテルに引き返すこととなった。妻が母を気遣い、ホテル内の足裏マッサージに連れて行った。若くてきれいなマッサージ嬢に、母は、「ヒザ、イタイイタイネ」などと言いながら、ていねいにマッサージをしてもらい、おかげで足が軽くなったと喜んでいた。
 夕方6時にふたたびホテルのロビーに集合し、今日の夕食の場所となっている「アルカフ・マンション」に行く。「アルカフ・マンション」は、昼間に行ったマウント・フェーバーのすぐそばの高台に建っている。アラブの豪商、アルカフ家が1920年代に贅を尽くして建てた豪邸をレストランに改造したそうだ。
 そんな由緒ある高級レストランでの食事とあって、さすがにネクタイこそしないが、みんな一応ジャケットを身につけてきていた。
 父は、昼間の紹興酒がいまだに効いているのか、何も飲まないと断ったが、私は、せっかくだからと言って半ば無理矢理ビールをすすめた。
 料理は、魚、鶏、エビなどを煮たり焼いたりしたものが10種類ほど出てきた。それにサラダが付き、食後にはデザートも付いており、いろんな味を楽しめた。とくに、ヤシの葉で包んだご飯がいたって好評だった。
 ちょうどその日、シンガポールの外資系会社のレセプションがレストランの中庭であるそうで、戸外はずいぶんとにぎやかだった。庭には、仮設のステージがつくられ、音楽の演奏や「獅子舞」などのアトラクションもやっていて、私たちも拝見させてもらった。

■楽しかった「ナイト・サファリ」の動物観察

 約1時間ほどでレストランを出たが、まだまだホテルには帰らない。この夜は、楽しみにしていた観光があった。「ナイトサファリ」という夜だけ開園する動物園に行くのだ。
 夜のサファリパークは世界でもここだけで、シンガポールの人気スポットとなっている。「ナイトサファリ」には、全世界から120種もの動物が集められ、そのうち約7割が絶滅に瀕している種だという。
 ところで、同行の山田ご夫妻は、当初、ナイトサファリをキャンセルしていたのだが、「アルカフ・マンション」を出たところで、急に行きたいと言い出す。どうやら奥さんは行ってみたかったようなのだが、年上の旦那さんが疲れているようなので、しぶしぶキャンセルすることにしたらしい。ところが、どういう事情なのかわからないが、夫婦の形勢が逆転して、奥さんの主張が打ち勝ち、キャンセルの取り消しとなったようだ。
 旦那さんは、「帰ってから、女房にどつきまわされたらあかんから・・・」とぼやいていた。
 ナイトサファリは、まさに闇の中の動物園だ。日本語のガイドがついた「トラム」という乗り物で園内を回ると、さまざまな動物の生態がよくわかる。ガイドの言う方向に目を凝らしてみると、マレートラの目がギラリと光っていた。キリンやゾウ、インドサイが手に取れるようなところにいた。
 猛獣に囲まれているというのに、「トラム」だけでなく、園内を歩いて回るコースがあると聞いてビックリした。
 実は、客には見えないように鉄索や堀がたくみに張り巡らされてあり、それが動物と客とを隔てていて、手が届くような距離にいても、危険は全くないのだそうだ。
 ナイトサファリでは、夜行性という性質をうまく利用して、動物たちの生き生きとした姿を見ることができる。私たちはもちろん、山田夫妻も、世界にたった一つの夜の動物園を楽しんでいた。