2000年9月6日(水)最終日

 いよいよシンガポールの旅も今日が最後となる。終日の自由行動だったが、私たち4人は、「パンダバス」を使って、市内観光を予約していた。「パンダバス」とは、いわゆる定期観光バスのようなもので、あらかじめ決められたコースを走るツアーだ。

■ヒンズー、仏教、イスラム教〜最終日はお寺巡りにでかける

 3日間お世話になったヨークホテルのチェックアウトを8時前に済ませ、すぐ近くのハイアットホテルの前から、待っていた大型のバスに乗り込む。ほかにも乗客はいて、このまま市内観光に出かけるのかと思っていたら、スタンフォードホテルに着くと、ワンボックスのワゴン車に乗り換えさせられた。予約した「エキゾチック・シンガポール」のコースは、私たちだけだったようだ。
  それでも、少し愛想の悪そうな中国人女性の日本語ガイドが1人ついていた。彼女は、日本には行ったことがないらしい。そういえば、サリーさんもまだ行ったことがないと言っていた。観光が産業の柱のシンガポールで、みんな一生懸命日本語を勉強して、ガイドになるのだろう。
  エキゾチックなツアーのはじめは、ヒンズー教のお寺、スリ・クリシュナン寺院を訪ねる。入口の上には、ヒンズー教を代表するという7人の神様がならんでいる。それらの像の顔がなかなかリアルで、紫や赤、金色など色とりどりの衣装を身につけており、お寺には似つかわしくないカラフルさが心に残った。
  中に入っていくと、上半身裸の僧侶が3人ほどいて、お参りに来た人たちに呪文のようなものをとなえている。日本で言う厄除け払いのようなものか。人はまばらで、活気があまり感じられない静かな寺だった。
  うって変わって祭りのようににぎやかだったのが、次に訪ねた仏教寺院、クワン・イン寺院だった。門前では、中国人と思われる熱心な信者たちが大勢いて、太くて長い線香を持って、何か一心不乱に祈っている姿がとても印象的だった。
  門前には、線香や供花を売る屋台が出ていて、今日は何かの縁日なのかと思ったら、毎日こんなふうににぎやからしい。私たちもさっそく線香を買って、信者のみなさんがやっているようにまねてみた。
 門の中でも、お参りに来たたくさんの人たちが地べたに座って真剣に祈っていた。正面には、金ピカに輝く千手観音がまつってあり、とてもきらびやかだ。線香の煙がもうもうとたちこめて寺全体が生気に満ちている。お参りに来た人も、その元気をもらって帰っていくのではないだろうか。
  寺の周りには、参拝に来る中国人をあてこんだ店が並んでおり、仏具を売る店や中国の物産店、八百屋などを見て回るのも楽しかった。

■修復中でその姿を見られなかった「サルタン・モスク」

 そのあとは「チャイナタウンの散策」とコース表ではなっていたが、散策どころか、中国人ガイドに「絹の城」というブランド品店に連れて行かれた。やはり、これも「パンダバス」ツアーの義務なのか。
  母は、その店の2階まで苦労して階段であがったが、結局、外国の高級品ばかりで買う気がするものは何もなく、ふたたび、苦労して下まで降りてきた。さすがに父も、何でこんな場末の店まで連れてこられなければならないのかと腹を立てていた。
  寺見学の最後は、イスラム教の寺院、シンガポールでは最も有名なサルタン・モスクへむかった。とても大きなモスクだが、残念なことに、壁の補修工事がおこなわれており、寺院全体が足場でおおわれていた。
  ヒンズー教や仏教とは違って、寺の内部には神様を象徴するものは何もない。偶像崇拝を許さないイスラム教にとって、神様とは影も形もない存在なのかもしれない。同じ宗教でも、金ピカの千手観音が鎮座していた中国寺院の絢爛豪華さとはえらい差だ。
 ツアーの最後は、「リトルインディア」に行く。インド人が暮らしている地域で、約1キロの通りの両側には、インド料理のレストランや雑貨店が並んでいる。ガイドに連れられて、「インド文化センター」を訪れ、インド人の日々の生活について話を聞く。失礼だが、実につまらない。センターを出ると、リトル・インディア・アーケードで買い物をする。
 時刻は11時過ぎだったが、中国人ガイドは、またもやブランド品をとりそろえた免税店に連れて行くと言い出す。客を連れて行くのはガイドとしての努めかもしれないが、こちらにはまったく用事はない。申し訳ないが、ここで解散にしてほしいと頼むと、彼女は、しぶしぶ私たちの要求にしたがい、その時点で「エキゾチック・シンガポール」ツアーは打ち切りとなった。

■紙で包んであげたチキンがこんなに美味しいとは!

 この日の昼食は、すでに「ヒルマン・シーフード・ガーデン」で名物のペーパー・チキンを食べると決めていた。ガイドブックを見ると、リトルインディアのすぐ近くのようなので、歩いて行くことにした。やっと店を探し当てて中にはいると、まだ時間が早いのか、客はだれもおらず、席に着くと、さっそくお目当てのペーパー・チキン、それと、フカヒレの卵炒め、チンゲンサイの炒め物、チャーハンなどを注文する。一生懸命歩いてきたので、渇いたのどにビールがおいしかった。
  ペーパー・チキンとは、ショウガや醤油をベースにした特性のタレに鶏肉を漬け込み、それを紙に包んで油で揚げるという一風変わった食べ物だ。いただくときは、もちろん、紙を手で破いて食べる。チキンは、評判通りにジューシーで味も良く、母も父も喜んで食べた。
 私たちが食べていると、日本人女性の2人連れがやってきて、さらにその後、6、7人の日本人グループが店に入ってきた。みんな、ガイドブックを見て、ここに来たらしい。
 これだけ食べて飲んで全部で120シンガポールドル、約8千円だった。この店は評判を裏切らなかった。
 お腹がふくれたところで、午後からは、「チャイムズ」というショッピングセンターに行く。タイやミャンマー、インドネシア、中国などの民族雑貨店が並んでいる。母に、記念になるような人形を買うようにしきりとすすめたが、どうも気に入ったものがないらしい。結局、ワンピースを買って店を出た。

■足裏マッサージでシンガポール旅行を締めくくる

 シンガポールに来たら「ハイティー」を楽しむべきだと、ガイドブックに書いてある。「ハイティー」とは、英国占領時代の「アフタヌーンティー」に、点心などを加えたシンガポール独特のスタイルだ。ということで、ガイドブックを見て、スタンフォード・ホテルの70階にある「コンパス・ローズ」に入ってみた。
  ケーキやフルーツが食べ放題、ドリンク飲み放題で、それにくわえて、肉まんやシュウマイなどの飲茶までも色とりどりにそろえてあり、あれこれ味わっているうちに、たちまちお腹がいっぱいになった。父も母も、「これやったら、晩ご飯はいらんなぁ」と言い出す。70階からの眺めも最高で、大きな窓の外には、シンガポールの街の大パノラマがひろがっており、つかの間、高級感を味わうことができた。
  3時過ぎまでハイティーを楽しみ、最後のみやげを買うためにオーチャードロードまで行くことにした。ここからは、地下鉄に乗って3つめの駅だ。こちらには、日本のようにホームで列をつくって電車を待つ習慣はないようで、だれも乗らないのかと思っていたら、電車が来たとたんにドアの前にどっと人が集まってきた。地下鉄には、日本のようにカードで乗ることができ、あらかじめ、旅行社からは、1日乗り放題のカードをもらっていたので、それが役に立った。
 オーチャードロードの「ミス・ジョキアム」という目を付けていた店で、妻はペンダントを、母はTシャツを買った。ここは、シンガポールの国花ランをアクセントにした雑貨が有名な店だそうだ。
 ここから、今度は少し引き返して高島屋へ。途中、あやしげな男性が、ローレックスの腕時計を見せながら、「シャチョウ、シャチョウ、ニセモノ、ニセモノ」と言って父に近づいてきてきた。ちょっとビックリして身構えたが、どうやら、偽物のブランド品を日本人に安く売るというなかば犯罪行為の商売をしているらしい。無視していると、しつこくついてくることもなく、どこかへ行ってしまった。
 それよりも、今日は1日中、ずっと歩き通しなので、母の足が気がかりだった。たずねると、母は大丈夫と言ってくれるが、相当こたえているようにみえた。そんなこともあり、シンガポールツアーの締めくくりに、みんなで足裏マッサージをしようということになった。
  高島屋で大急ぎで土産物を買い集めると、私たちは、人であふれかえるオーチャードロード沿いの、ガイドブックで宣伝していた足裏マッサージ店に入った。
 さっそくやってもらうと、母は「ホテルの店のほうが気持ちよかったな」と言い、父も「なんや、全然きかんなぁ」と不満げだったが、親子・夫婦が4人いっしょに並んで、痛いだのこそばゆいだのと言っている姿は、今回のシンガポール旅行の最後の楽しい思い出となったのだった。